締め切り
(信濃毎日新聞2002年3月14日朝刊掲載)
新聞に「父の締め切り」と題したこんなコラムが載っていた。
「この人にこそ読ませたい」――長い経験をもつ辣腕の新聞記者にも、ときには格別なる思いをこめて記事を書くことがあるという。筆者が病床の父に見せたい一心で、渾身の力をこめて書かれたその記事が大きく掲載された朝、筆者の父は死んだ。
わずか数時間差で記事は間に合わなかった。あとほんの数時間で朝刊は届いたのに……。「長い記者生活のなかで、『読み手の締め切り』に遅れてしまったことを、このときほど強く悔やんだことはない」と筆者は結んでいた。
このコラムを読んだとき、私の中を一つの記憶が駆け抜けた。ある三月に急逝した著名な声楽家のことである。声楽家としてだけでなくグルメでも名を轟かせていたこの方のエッセイを、私は仕事で手掛けていた。超多忙なスケジュールをぬって打ち合わせをしたその二日後に、その方の訃報を聞いた。
楽しみにしていた本の完成を見ることなくその方は逝った。どんなに苦労しても、間に合わなければ何にもならないのだということを、このときほど痛感したことはない。
顧みて人生には、いたるところにこの記者のいう「読み手の締め切り」があるのではないか。そして漫然と生きている時には、この「締め切り」を過ぎたことにさえ、気がつかずにいるのではないかと思う。
たとえば一輪の花を活けること、たった一通の葉書を書くこと、一人のひとに逢うこと……そんな小さな一つひとつが「人生の締め切り」であって、自分やまわりを変えていくのではないだろうか。
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