雛 紀 行

(信濃毎日新聞2002年3月28日朝刊掲載)

 

雛祭は、東京では陽暦で行うが、地方によっては、陰暦または四月三日に行うところが多い。そんなお雛さまを訪ねて、九州・日田へ行ってきた。幼い頃に贈られたお雛さまを今でも大切にしている私は、毎年桃の季節になると、その土地土地に伝わるお雛さまに会いに行きたくなる。

 日田は大分県の西部に位置し、久留米や長崎、熊本、別府へ通じる交通の要衝。江戸時代には、幕府の天領として九州随一の繁栄を極めた町である。

その日田市において、毎年二月十五日から三月三十一日までの雛祭期間中、旧家に残る絢爛豪華な雛人形や雛道具が一挙に公開されている。

天保年間の雛飾りがある広瀬資料館など、日田には歴史あるお雛さまが数多く存在するが、なかでも圧巻なのは、製蝋商として栄えた草野家の壇飾りであろうか。

 二十畳の座敷いっぱいに飾られる雛壇は、高さ百八十センチ、総間口三百六十センチの大掛かりな御殿飾りである。御殿は檜材の白木造りで、江戸末期、大工に特別に作らせ誂(あつら)えたものといわれている。

 御殿正面上段の間には内裏雛、次の間には七人官女、右手には能舞台があり、舞楽が奏でられている。階をはさんで庭上左右には左大臣、右大臣。玄関には侍たちが、到着の行列を出迎えている。その他、草野家では歌舞伎の名場面、蹴鞠、曲水の宴などのお雛さまも飾られ、総勢百七十八体の見事なものとなっている。

 また材木商の後藤家には、六年前に公開したばかりの秘蔵の御殿雛がある。このお雛さまは、京都の御雛人形司・二代目大木平蔵の作であるが、なんと六十年ものあいだ土蔵に眠っていたという。

珊瑚を散りばめた天蓋をかむり、眠りから醒めたばかりのお雛さまは、優雅でふくよかな気品に満ちている。筑紫野に夕日が落ちていく中、いつまでも飽かず眺めていた。


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