「現代俳枕」――埼玉県春日部市

(「毎日新聞」2001年5月6日掲載)

 

 

 小学校二年の春から春日部市に住んでいる。都心に通うには多少不便に思っていたこの地に特別な感慨を持つようになったのは、俳句を始めてからである。

 

 古利根の浮巣のみだれおもふべし          加藤楸邨

 

 加藤楸邨は昭和四年から十二年までこの地で教鞭を執っている。そして月二回同地に診療に来ていた水原秋桜子と出合うのである。春日部(旧粕壁)は楸邨と秋桜子との邂逅の場所であり、楸邨が初めて俳句と出合った思い出の地でもある。

 楸邨の第一句集『寒雷』には「古利根抄」という章があるが、私はその古利根川を眼下に見下ろす中学校で楸邨の句に初めて出合った。

 春日部は市内を旧日光街道が通っている。芭蕉が「奥の細道」の第一夜を過ごしたという説もある小淵観音も、この街道沿いにある。

 小淵山観音院は、鎌倉時代中頃の建立といわれる古刹であり、市内に残る唯一の本山派修験の寺である。ここには秘蔵の円空仏が七体あり、毎年五月初旬には無料で一般公開されている。

 

 くすぐつたいぞ円空仏に子猫の手           楸邨

 

 楸邨もよくこの小淵観音院を尋ねていたという。楸邨が腰をおろして岩波文庫を読んだという大銀杏は、いま青々とした葉を繁らせている。

 また市内には、推定樹齢千二百年の特別天然記念物の藤がある。その花房はたおやかで美しく、長いのは花房が一メートルともなり、ちょうどいまの季節、多くの人が藤を見に訪れるのである。

 

 遠つ世へゆきたし睡し藤の昼          中村苑子

 

 春日部は句材も多く俳句との縁も深い土地であるが、私自身は、

じつのところ、この土地を詠んだ句は少ない。

 ふるさとを恋い詠うのは、ほんとうの意味で、ふるさとを遠く離れてからかもしれない。

 

 一日の終はり水鳥はなやかに(古利根川畔にて)   浦川聡子

 


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