二つの宿題
(信濃毎日新聞2002年1月17日朝刊掲載)
昨年は俳句のうえで、いくつか新しいことを始めたが、その中の一つに、ジャンルを超えた仲間たちとの句会の立ち上げがある。句会は、すでに所属しているいくつかの句会があったが、それとは全く別の、むしろ今までほとんど俳句と接することのなかった人たちと一緒に、自分ももう一度俳句を始めてみたくなったのだ。
句会のメンバーは七人。いずれも個性と経験の豊かな人たちばかりである。世界中の建築を手掛ける建築家、あるいは老舗懐石料理の料理長。かつては文学青年でありながら、現在は東京・両国で、お相撲さん専門のLサイズのお店を経営しているという人もいる。実際に俳句を作るにあたっては、とまどいも多いようだが、一人ひとりの選評ははっきりしていて非常に明快である。その新しい句会に、私はある「宿題」を試みた。
通常、句会は自分の句を持ち寄り合評しあうのみにとどまるが、私は自分の句のほかに、その月々に自分が感銘を受けた「言葉」を一つずつ持ち寄ることを提案した。俳句は結局は言葉だけで構成されているから、自分の中にどれだけの言葉が蓄積されているかが、作句の幅を大きく左右する。というより、新しい言葉を発見するのは楽しいし、他の仲間たちがどんな言葉に共鳴し、どんな言葉を持って来るのか、非常に興味深い。
幸いさまざまなジャンルの人が集まっているので、ふつうの辞書に載っていない専門用語を知ることができる。また逆に、辞書に載っている言葉でも、その人その人の思いが添えられて紹介される言葉には、なによりも代え難いものがある。
そして、もう一つの「宿題」は、句会に提出する自分の句のほかに、その月々に心魅かれた感銘句を持ち寄ること。優れた作品を読むことは重要なことであるにもかかわらず、私たち実作者は、ときに自分の句をつくることにのみ汲々として、純粋に「俳句を読む」ということを忘れがちである。
音楽を愉しむように、絵画を愉しむように、もっと純粋に俳句を読み味わう時間が、私たちの中にもう少しあってもいいのではないかと思う。
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