「佐藤鬼房全句集」――ガリバーの靴が踏む大地の音
佐藤鬼房の全句集が邑書林から出版された。『名もなき日夜』(昭26)『夜の崖』(昭30)『海溝』(昭40)『地楡』(昭48)『鳥食』(昭52)『朝の日』(昭55)『潮海』(昭58)『何處へ』(昭59)『半跏坐』(平元)『瀬頭』(平4)『霜の聲』(平7)『枯峠』(平10)の十二句集を完全収録。(略年譜=高野ムツオ、栞文に飯島耕一・宇多喜代子・坪内稔典・仁平勝の四氏)
佐藤鬼房は大正八年岩手県釜石生まれ。六歳で父に死別、高小卒業後、組合給仕・鉄工などを経験しつつ十六歳で「句と評論」を知り投句。二十一歳より約七年間兵役、戦後西東三鬼に学び、鈴木六林男らの「青天」に参加、「天狼」「雷光」「夜盗派」「風」「頂点」「海程」などを経て、昭和六十年「小熊座」創刊主宰、現在に至る。
枯原の鉄材に日が倒れゆく (『名もなき日夜』)
切株があり愚直の斧があり (〃)
吾のみの弔旗を胸に畑を打つ (〃)
ソーニヤの燈地の涯に吾がまなぶたに(〃)
ショスタコーヴィチの重低音が地の底から響いてくるような重く厳しい句である。西東三鬼は鬼房の句について第一句集の序文中、「ガリバーの靴が踏む大地の音、洞穴のような口を出る息の音。そういう音が鬼房の俳句だ」と語っている。
細胞の療舎燈ともり冬木濡らす (『夜の崖』)
錆を削ぎ錆をたたきて全身冷ゆ (〃)
縄とびの寒暮いたみし馬車通る (〃)
昭和二十二年秋元不死男の紹介で新俳句人連盟に加入。前掲の序文で三鬼は、「私は新興俳句生えぬきの作家に今日の鬼房あることを誇りとする」と結んでいる。
ひばり野に父なる額うちわられ (『地楡』)
月光とあり死ぬならばシベリヤで (〃)
アテルイはわが誇なり未草 (『何處へ』)
鬼房の俳句は社会性俳句のなかで語られることが多いが、厳しい句に通底しているものは叙情ではないか。そして、心の奥の毀れやすいものを自ら守るために、(無意識のなかにも)堅固な鎧で身を固めていたのではあるまいか。
星合や悲しみ飛ばせ目を覚ませ (『何處へ』)
あれは橿の木大晦を妻と寝る (〃)
雲に乗りたしさくさくと水菜噛み (『瀬頭』)
馬の目に雪降り湾をひたぬらす (『海溝』)
鬼房はどんな荒野にあっても、けっしてその詩精神を失わない。鬼房の生きてきた道はまさしく昭和俳句の軌跡である。
生きて食ふ一粒の飯美しき (『名もなき日夜』)
(「炎環」2001年3月号掲載)
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