「一碧」――純潔な詩的意志の表れ

 

 

 先日、中岡さんに電話をした。中岡さんに電話をするのは二年ぶりである。以前黒田杏子氏主催の「江戸百景」の吟行会に、関西から毎月のように見えていた頃は、時々はお目にかかる機会もあり、吟行をご一緒させていただくこともあったが、ここ二年ほどは、総合誌などに発表される作品や文章を通して、その活躍ぶりを知るのみであった。

 その二年のあいだ、中岡さんは俳句のうえでは大きな仕事を一つひとつ成し遂げられていた。まずは評論集『高浜虚子論』を上梓、第13回俳人協会評論新人賞を受賞する。つづいて句集『水取』を刊行。これは、「東大寺二月堂修二会」に十年間通いつづけた作者が、その聴聞を一冊に纏めた注目の句集である。

 

  南無帰命頂礼椿ひらきけり(悔過作法・上七日)

  修二会の燈いくたび油つがれけむ

  水取の笙の遠音となりて消ゆ

 

 中岡毅雄さんは昭和三十八年生まれ。「藍生」「椰子」に所属。昭和五十八年、大学生のときに「青」に入会。「俳句スポーツ説」を唱える師・波多野爽波のもとで徹底的に写生を学ぶ。

多作多捨。この頃の「青」には田中裕明、岸本尚毅ら現在も活躍中の優秀な若手作家がいる。

 本書『一碧』は、『浮巣』『水取』につづく第三句集。平成元年から昨年迄の約十年にわたる作品のうち、前掲の修二会以外作品を纏めたものである。

 中岡さんは必ず現場に臨んで俳句をつくる。友岡子郷氏は、「ものの実体から離れた想念のたぐいに与せぬ、純潔な詩的意志の表れにほかならない。」と帯文の中で述べ、その姿勢を高く評価している。

 

  津軽まで海平らなりきりぎりす(東北)

  嘶きに秋の白波たゞはるか(東北)

  夕空を鋭く鶴の流れけり(出水)

  波少し入れて濯ぎぬ浅蜊籠(犬吠崎)

  しづみかゝりて のとまりけり(湖北)

 

 中岡さんはロマンチストである。加えて小さなものに対する眼差しがあたたかい。

 

  よりそへば雪の匂ひのかぎりなし

  雪の日のそれはちひさなラシャ鋏

 

 先の電話で、最近俳句のつくり方に変化の兆しが見えたことを語ってくれた中岡さん、その心境の変化が作品にどのように反映してゆくのだろうか。

 

  月山のこゝにも草を刈りしあと

 

                        (「炎環」1999年6月号掲載)


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