「谷間の家具」――邁進する「今」
今井聖さんは、私の俳句との出会いにおいて、もっとも影響の受けた俳句作家の一人である。十四年前、寒太先生に誘われて初めてうかがった「Mumon」(「炎環」の前身)の句会ではじめて今井さんの句と出合った。
のら犬をかくまふ縁の下朧
これは、他の文章の中でも何度か書いたことがあるが、俳句とは綺麗なもの・美しいものを詠むものと信じ込んでいた私にとっては、「のら犬」を句にしてしまうこと、またその句にどんどん点が入っていく光景に、一種のカルチャー・ショックともいうべき強い衝撃を覚えたのだ。本書には、この「のら犬」の句をふくめて、一九八四年から二〇〇〇年までの作品五五一句が収録されている。
春の駅頭鰐淵氏蟻塚氏
ジープからコリー飛び出す桃の花
菜の花の斜面を潜水服のまま
今井聖氏は一九五〇年生まれ。十四歳頃より作句。山口誓子に憧れ作句を続けていたが、誓子イズムの出口を楸邨の混沌に求め、楸邨に師事。また、一九九〇年頃よりシナリオを馬場当氏に師事。山内久氏との共同脚本で映画「エイジアン・ブルー」のシナリオも手掛けている。句集名『谷間の家具』はジョルジュ・デ・キリコの絵のタイトルであり、シュルレアリスムの先駆にして古典的遠近法から逸脱することのなかったこの画家にずっと魅せられていたからという。九六年に「街」を創刊、主宰。
今井さんの作品はどれも印象鮮烈で、映画のワン・シーンのように景がはっきり見えてくる。
タクト一閃寒林となるオーケストラ
東京の腸に月高速路
「イスラエル」冬帽売に国問へば
そして、硬質で現代的な句の一方、ヒューマンな句も氏の持つもう一つの魅力である。
魚籠の中しづかになりぬ月見草
跳ね出でし鯉木犀の花まみれ
雪眼して一日一個卵産む
邁進する「今」という機関車に乗る作者(「街」宣言より)がさらにどんな作品や論を展開してゆくのか、これからも目を離さずにいたいと思うのである。
雪が降りさうでマーラーの五番選ぶ
蟻が過ぎ猫の子が過ぎ楸邨過ぐ
雪の夜やアジトのごとき君の胸
(「炎環」1999年11月号掲載)
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